研究概要
研究課題名
アジアと欧米:コミュニケーションの文化差から言語の獲得過程を探る
(日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別推進研究/JP20H05617)
研究責任者
馬塚 れい子
理化学研究所 脳神経科学研究センター
脳発達分子メカニズム研究チーム 言語発達研究班 プロジェクトリーダー
研究の背景・目的
近年の研究から、欧米言語、主に英語を学ぶ乳幼児に比べて、日本語を学ぶ乳児の音韻発達が遅い場合が多いことがわかってきた。日本語が例外なのかを調べるため、韓国、タイ、香港の研究者と共同で日本語を含む4カ国語で音素弁別の発達を調べる実験を実施した。その結果、日本語が例外なのではなく、アジアの他の言語でも音韻発達実験の結果は、欧米言語より2ヶ月程度が遅いことがわかった。更に、日本語や韓国語では、語彙の発達も英語と比較して同程度2ヶ月程度遅いこともわかってきた。日本語、韓国語、タイ語、中国語は統語の特性や音韻特性も様々で、欧米言語との違いを言語特性のみから導出するのは困難である。本研究では、なぜこのような相違が生ずるのかの解明を目的とする。そこで、その文化差によって音韻や語彙の発達の違いをもたらすと仮定し、それを実験的に検証していく。
研究の方法
本研究では、母子のコミュニケーションスタイルに文化差が存在することに注目し「欧米乳児の語彙発達が語彙発達に親和性の高い母子コミュニケーションによって促進され、それが音韻の発達にも影響する」という仮説を立て実験的に検証していく。初期の語彙発達には「共同注意」等の社会的要因が重要だが、欧米とアジアの母子コミュニケーションには文化差が存在する。特に欧米型は共同注意を物に向けて物の名前を学ぶ機会が多い、語彙発達に親和的なスタイルである。これが欧米乳児の語彙発達を促進すると仮定する。
表1に示す、欧米2言語(英語、フランス語)とアジア4言語(日本語、韓国語、タイ語、北京語)を学ぶ乳児を対象にし、母語や外国語の弁別、単語の切り出し課題等の音韻発達、共同注意、随伴性など、語彙発達に関与すると想定される課題を実施する。
地域 | 言語 | 主節 | 従属節 | 形容詞 | リズム | 単語韻律 |
東アジア | 日本語 | SOV | 後置 | 形名 | モーラ | ピッチアクセント |
韓国語 | SOV | 後置 | 形名 | 音節? | 無し | |
東南アジア | 中国語 | SVO | 後置 | 形名 | 音節? | 4トーン |
タイ語 | SVO | 後置 | 名形 | 音節? | 5トーン | |
北米 | 英語 | SVO | 前置 | 形名 | 強勢拍 | 強勢拍 |
欧州 | フランス語 | SVO | 前置 | 名形 | 音節 | 無し |
また、母親のコミュニケーションスタイルを観察するために画面上の場面を子供に説明する発話、ものの名前を幼児に教える際の対乳児発話等を録音、解析する。乳児が2歳に達した時点で語彙数を測定してどの要素が2歳時点の語彙数を予測する有効な尺度となるか、その相関に文化差や言語差があるかを吟味し、仮説の妥当性を検証する。
研究はカナダSimon Frazer大学、フランスのCNRS、タイのTammasat大学、韓国の中央大学、シンガポールの国立シンガポール大学と日本の理研、東京大学、大阪大学、国立国語研究所等の国際共同研究チームで実施する。
期待される成果と意義
従来欧米言語を学ぶ乳児の研究を基本に発展してきた言語発達の研究に、アジア言語からの知見を加えることでより妥当性の高い言語発達過程の理解につながる。また、乳幼児の言語発達に母子コミュニケーションスタイルが寄与することが明らかにすることで、乳幼児の言語や社会性の発達をより適切にサポートする保育や教育の改善にもつながる。
当該研究課題と関連の深い論文
- Tsuji, S., Mazuka, R., Cristia, A., (2020)
"Communicative cues in absence of a human interaction partner enhance 12-month-old infants' word learning."
Journal of Experimental Child Psychology. - Shin, M., Choi, Y., & Mazuka, R. (2018)
"Development of fricative sound perception in Korean infants: The role of language experience and infants' initial sensitivity."
PLoS One, e0199045.